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華岡青洲の門人

 書名がはっきりしない医学書(和古書)の後書に「文政七年… 塾生 備後 野邨鄂記」と記されている。この「野邨鄂」という人物について知りたい,との質問がありました。

 「邨」の字を漢和辞典で調べると,「村」と同じだと分かり,「野村鄂」という医師で江戸時代の人物を探すため,『芸備両国医師群像』や『広島県医人伝』等を調べましたが,見付かりません。質問には,和古書の序文に華岡青洲の名前があるともあり,後書の「塾生」から,華岡青洲に関する資料に名前があるかもしれないと思い,関係資料を調べると,『華岡青洲先生及其外科』に収録されている門人録に「芦田郡福田村 野村文剛」と記載がありました。そこで「野村文剛」を調べると,『備後史談』に「野村文剛(蘿軒)の西備名区に関する書翰」という記事があり,掲載の書翰文の最後に「野村鄂」と記名があることから,野村鄂は野村文剛(蘿軒)と同一人物だと分かりました。また,『福相学区の碑』には,「野村蘿軒の墓」の写真とともに「医学を華岡青洲に学び、医を本業とし、」「儒学者でもあり、狂歌にも優れていました」との記述がありました。

 このレファレンス事例は,国立国会図書館レファレンス協同データベースで詳しく紹介しています。
 http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_vie&id=1000194452